大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和54年(ワ)511号 判決

原告

犬飼隆

ほか三名

被告

木戸正弘

主文

一  被告は、

原告犬飼隆に対し金七、八八八、三四六円、および内金七、一七八、三四六円に対する昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員、

原告犬飼淑子に対し金一〇、三八七、七四八円、および内金九、四四七、七四八円に対する昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員、

原告犬飼哲郎に対し金七、八八八、三四六円、および内金七、一七八、三四六円に対する昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員、

原告犬飼俊子に対し金七、八八八、三四六円、および内金七、一七八、三四六円に対する昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は、原告犬飼隆(以下、原告隆という。)に対し金三〇、〇〇〇、〇〇〇円、原告犬飼淑子(以下、原告淑子という。)に対し金三〇、〇〇〇、〇〇〇円原告犬飼哲郎(以下、原告哲郎という。)に対し金二〇、〇〇〇、〇〇〇円、原告犬飼俊子(以下、原告俊子という。)に対し金二〇、〇〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき、仮執行の宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は厚告らの負担とする。

3  予備的に、保証を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二主張

一  原告らの請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五三年一〇月一一日午後六時三五分頃。

(二) 場所 岡山市中仙道五〇の三先道路上。

(三) 加害車両 普通貨物車(岡四四ひ四二八一号)。

(四) 運転者 被告。

(五) 被害者 訴外亡犬飼成義(以下、亡成義という。)。

(六) 態様 北進してきた加害車両が、東より西に横断歩行中の亡成義をはねた。

(七) 結果 亡成義は、昭和五三年一〇月一二日、死亡した。

2  被告は、加害車両の所有者で、自己のためにこれを運行の用に供していたので、自賠法三条による自賠責任がある。

3  亡成義に生じた損害

亡成義は、農業および不動産賃貸業を営んでいたところ、その死亡により得べかりし利益を喪失した損害が生じている。

(一) 亡成義の年間所得額

(1) 農業関係 八、七七二、九五一円

(内訳)

自作収入 四、七三四、六八五円

小作収入 二、二二九、〇八四円

請負収入 一、一一八、二〇〇円

その他の収入 六九〇、九八二円

(2) 不動産賃貸収入 一二、一五〇、〇〇〇円

(イ) 右は、亡成義が得ていた不動産賃貸による収入である。

(ロ) 右金額がただちに亡成義の年間逸失利益にあたらないとしても、その管理費に相当する二、四三〇、〇〇〇円は亡成義の年間逸失利益に相当する。

(3) 右(1)、(2)の合計年間所得は二〇、九二二、九五一円であるが、亡成義が六三歳後は農業関係の労働能力が減退し、その収入が右(1)の七割に減ずるものとみて、合計所得金額は一八、二九一、〇六五円になる。

(二) 亡成義は、死亡時五二歳九月で、平均余命二一年のうち就労可能年限は六七歳までの一四年間とみうるので、その間の得べかりし利益が生じる。前記(一)の年間所得額を基礎とし、その二割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により中間利息を控除して得べかりし利益の現価を求めると、一六九、〇三九、五一七円になる。

(三) 原告淑子は亡成義の妻であり、原告隆、同哲郎、同俊子はその子であるから、亡成義の右損害賠償請求権について、原告淑子はその三分の一である五六、三四六、五〇六円を原告隆、同哲郎、同俊子はそれぞれの九分の二である三七、五六四、三三七円を、各相続した。

4  原告隆に生じた損害

(一) 亡成義は、平均余命より二一年間早く死亡し、そのために原告隆は、その相続分に対する相続税額一六、六五六、〇〇〇円を予想外に早く支払わざるを得なくなつた。右支払税額に対する年五分複式による右期間の金利は二九、七三〇、九六〇円であり、右金額は本件交通事故と相当因果関係ある損害である。

(二) 慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

(三) 弁護士費用 五、〇〇〇、〇〇〇円

5  原告淑子に生じた損害

(一) 慰藉料 六、五〇〇、〇〇〇円

(二) 治療費 一〇〇、九〇六円

(三) 入院雑費 一〇、〇〇〇円

(四) 付添費 五、〇〇〇円

(五) 葬儀費 五〇〇、〇〇〇円

(六) 弁護士費用 七、五〇〇、〇〇〇円

6  原告哲郎に生じた損害

(一) 前記4、(一)と同趣旨により、相続税支払額八、二九〇、八〇〇円に対する金利分一四、七九九、〇七八円の損害が生じた。

(二) 慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

(三) 弁護士費用 五、〇〇〇、〇〇〇円

7  原告俊子に生じた損害

(一) 慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

(二) 弁護士費用 五、〇〇〇、〇〇〇円

8  原告らの損害は、前記3の相続額をも合せると、原告隆は七五、二九五、二九七円、原告淑子は七〇、九六二、四一二円、原告哲郎は六〇、三六三、四一五円、原告俊子は四五、五六四、三三七円であるが、自賠責保険より、原告隆は四、〇〇〇、〇〇〇円、原告淑子は八、一〇〇、九〇六円、原告哲郎は四、〇〇〇、〇〇〇円、原告俊子は四、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領しているので、その残損害額は、原告隆が七一、二九五、二九七円、原告淑子が六二、八六一、五〇六円、原告哲郎が五六、三六三、四一五円、原告俊子が四一、五六四、三三七円である。

9  よつて原告らは、被告に対し、右損害金の内金として、原告隆、同淑子は各三〇、〇〇〇、〇〇〇円、原告哲郎、同俊子は各二〇、〇〇〇、〇〇〇円、および右各金員に対する亡成義死亡の翌日である昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1の事実中、(一)ないし(六)の各事実は認めるが、(七)の事実は不知。

2  同2の事実中、被告が加害車両の所有者で、自己のためこれを運行の用に供していたことは認める。

3  同3ないし7の各事実は不知。

4  同8の事実中、原告らが自賠責保険より合計金二〇、一〇八、〇〇六円を受領したことは認めるが、その余の事実は争う。

5  同9項は争う。

三  被告の抗弁

1  本件事故は、亡成義が農協主催の観光バス旅行を終えて帰宅途中、バスの中での飲酒により酩酊し判断力が欠如したためか、対面信号が頻赤を表示している横断歩道を漫然と横断歩行したところ、対面信号が黄の点滅を表示し、信号無視の横断歩行者はないものと信じて法定速度で進行していた被告車と接触したものである。

2  右横断歩道の信号機は、押ボタン式信号機で、歩行者は、自ら押ボタンを操作し、自己の対面信号を青にし、車道の対面信号を赤に変えてから横断すべきところ、亡成義は、右操作をなさず横断した。

3  歩行者が押ボタン式信号機の押ボタンを操作しない状態は、歩行者については横断禁止であるのに対し、車両については注意しながら進行することを許容するものであるから、本件事故の場合、亡成義の過失は重大であり、少なくとも五割以上の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁事実に対する原告の認否

抗弁事実はいずれも争う。

本件交通事故は、まだ明るく、直線の見通しのよい、交通量の少ない道路で発生したもので、被告は、黄色点滅の対面信号にもかかわらず、時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で進行し、亡成義の前に先行する横断歩行者を認めながら、横断歩道手前で除行もなさず、本件事故をおこしたもので、被告の速度違反、前方不注視、安全運転義務違反の過失は重大である。

第三証拠関係〔略〕

理由

一1  昭和五三年一〇月一一日午後六時三五分頃に、岡山市中仙道五〇の三先道路上で、被告運転の普通貨物車(岡四四ひ四二八一号)が北進中、東より西に横断歩行した亡成義をはね、本件交通事故が発生したこと、被告が右加害車両の所有者で、自己のためこれを運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない甲第一号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第四号証、原告犬飼淑子本人尋問の結果によれば、亡成義は、本件交通事故により、脳挫傷、頭蓋骨々折、急性硬膜外血腫の傷害を負い、翌一二日午後九時五〇分に死亡するに至つたことが認められる。

3  よつて、被告が自賠法三条により本件交通事故による損害について賠償義務を負うことは明らかである。

二  そこでまず、亡成義の得べかりし利益を失つた損害について判断する。

1  亡成義の農業所得

(一)  自作収入

成立に争いのない甲第一三号証の四、甲第一六号証の一三、一六、甲第一七号証の六ないし八、甲第一八号証の二、八、原告犬飼隆(第一、二回)、原告犬飼淑子の各本人尋問の結果によれば、亡成義は、昭和五二年一月から一二月までの一年間に、自作農地(妻淑子、父巌名義分を含む。)三二三アールを耕作し、四、七八四、六一七円の収入を得ていたことが認められる。

(二)  小作収入

成立に争いのない甲第一六号証の九、一五、甲第一七号証の五、七、原告犬飼隆本人尋問の結果(第一・二回)によれば、亡成義は、昭和五二年一月から一二月までの一年間に、小作地約二二〇・五アールを耕作し、合計二、二六四、七二四円の収入を得ていたことが認められる。

(三)  請負収入

原告犬飼隆本人尋問の結果(第一、二回)およびこれにより真正に成立したことが認められる甲第一〇号証、甲第一九号証の一ないし三によれば、亡成義は、昭和五二年中に、訴外虫明君子ら一〇名の他人の農作業を請負い作業し、合計一、一一八、二〇〇円の収入を得ていたことが認められる。

(四)  その他の収入

成立に争いのない甲第一二号証、甲第一五号証の一四、甲第一六号証の四、一六、甲第一七号証の四、五、八、甲第一八号証の八、一〇、一一、甲第一三号証の四、甲第一六号証の一四ないし一六、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二九号証および原告犬飼隆本人尋問の結果(第一、二回)によれば、亡成義は、昭和五二年中に、(イ)農業組合長、農協総代、農家連絡員、農業共済連絡員、任意共済推進協議会などの役員を勤め、その手当、報酬などとして合計四八、八六〇円、(ロ)農作物奨励金として合計一五六、四二六円、(ハ)区画整理総代手当三、〇〇〇円(甲第二七、二八号証関係の使用収益制限補償費の受給は、逸失利益算定の基礎となる収入にはあたらない。)、(ニ)労働賃金等として二五六、〇五〇円、合計四六四、三三六円の収入を得ていたことが認められる。

(五)  右(一)ないし(四)の昭和五二年の年間農業所得の合計額は、八、六三一、八七七円であるが、成立に争いのない甲第一三号証の四、甲第一五号証の一一ないし一六、甲第一六号証の五ないし一四、同号証の一六、甲第一八号証の三、および原告犬飼隆本人尋問の結果(第二回)によれば、亡成義は、昭和五二年の間に、農薬、肥料、運賃、農業資材等に少くとも九一八、〇四二円を出捐し、これが前記農業所得のための経費であること、成立に争いのない甲第一三号証の六、甲第一五号証の九、甲第一六号証の一五および弁論の全趣旨によれば、亡成義は、農業用機械の買替のために、農業近代化資金として毎年約四〇〇、〇〇〇円程を貯蓄し、これによつて農業用機械の減価償却に備えていたことが認められ、最近の機械化された農作業の実情に照らせば、これも前記農業所得のための経費であるとみなければならない。そうすると、亡成義の昭和五二年における農業所得中の純収益は七、三一三、八三五円であると認められる。これを越える原告の主張は失当である。

2  亡成義の不動産賃貸収入

(一)  成立に争いのない甲第二〇号証の三、四、甲第二一号証の三、甲第二二号証の七、甲第二三号証の五、原告犬飼隆本人尋問の結果によれば、亡成義は、自己所有の岡山市中仙道八〇番一、同所八一番一、四の各土地を賃貸し、年間に一二、一五〇、〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。しかし、この収入は、亡成義の稼働能力とは無縁の土地自体の財産的価値に依存したもので、これをそのまま亡成義の逸失利益算定の基礎となる収入とみることはできない。

(二)  しかしながら、亡成義の右不動産賃貸の管理に償やされる部分は逸失利益算定の基礎となるものであるが、亡成義は、農業のかたわら不動産賃貸の管理にあたつていたものであること、土地の賃貸管理は建物の賃貸管理に比べ、やや容易であることなどの事情に照せば、右賃料収入の一割にあたる一、二一五、〇〇〇円をもつて右管理に要する費用とみるのが相当である。甲第五四号証の記載は必ずしも適切ではなく、右の判示を越える原告らの主張は相当でない。

3  成立に争いのない甲第一、二号証、原告犬飼淑子本人尋問の結果によれば、亡成義は、本件事故当時五二歳九月で、簡易生命表による平均余命が二一年とみられるところ、その就労可能年数は六七歳までの一四年間とみることができる。このうち、前記1の農業所得については、原告らも自認するとおり、六三歳以後はその労働能力が減じ、収入が以前の七割の五、一一九、六八四円になるとみるのが相当である。亡成義の生活費としては収入の三割とみるのが通常であり、これを越える原告らの主張は失当である。そうすると、亡成義の得べかりし利益は、事故時より六三歳に達するまでの一〇年間は年毎に五、九七〇、一八五円六三歳より六七歳に達するまでの四年間は年毎に四、四三四、二七九円であるところ、新ホフマン方式計算法により中間利息を控除してその現価を求めると、五八、三六〇、八〇二円となる。

(計算式) 係数 一〇年間 七・九四四九

一四年間 一〇・四〇九四

5,970,185円×7.9449+4,434,279×(10.4094-7.9449)=58,360,802円

4  成立に争いのない甲第一号証、原告犬飼淑子本人尋問の結果によれば、原告淑子は亡成義の妻であり、原告隆、同哲郎、同俊子はその子であるところ、成義の死亡により、原告淑子は相続分三分の一、原告隆、同哲郎、同俊子は相続分九分の二宛それぞれ相続していることが認められ、これによれば、亡成義の右逸失利益に関する損害賠償請求権は、原告淑子において一九、四五三、六〇〇円、原告隆、同哲郎、同俊子において各一二、九六九、〇六七円宛相続承継していることは明らかである。

三  次に、各原告らに生じた損害(弁護士費用を除く。)について検討する。

1  原告隆に生じた損害

(一)  原告隆は、亡成義が平均余命より二一年も早く死亡し、そのために相続分に対する相続税額一六、六五六、〇〇〇円を予期に反して早期に支払わざるを得なくなり、年五分の複利による右期間中の金利二九、七三〇、九六〇円を損失する旨主張する。しかし相続税の支払ないしその金利を本件交通事故による損害というならば、予想より早い相続開始による相続財産の取得はこれによる利益ということになり、損益相殺を考慮しなければならないことになり、これは通常の社会的通念に合致しない。畢竟、不法行為による相続の開始ならびにこれに対する課税の問題は、当該不法行為による損害の算定とは相当因果関係を欠くもので、原告の右主張は、主張自体失当である。

(二)  原告隆が一家の支柱である父成義の死亡により多大な精神的苦痛を蒙つたことは容易に認めることができる。これを慰藉する金額としては三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

2  原告淑子に生じた損害

(一)  原告淑子が夫成義の死亡により多大な精神的苦痛を蒙つたことは容易に認めることができる。これを慰藉する金額としては五、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。右の範囲を越える原告の失当である。

(二)  原本の存在とその成立に争いのない甲第三、四号証、原告犬飼淑子本人尋問の結果によれば、原告淑子が亡成義の本件事故による受傷から死亡に至るまでの治療費一〇〇、九〇六円を負担したことが認められる。

(三)  右証拠ならびに弁論の全趣旨によれば、亡成義は、死亡に至るまでの二日間、入院加療し、その間原告淑子が相当額の入院雑費を要したことが認められ、その緊急入院の実情からみると、これに要した費用は、一〇、〇〇〇円と認めることができる。

(四)  右証拠によれば、原告淑子は、亡成義の入院中の二日間、その看護にあたり、一日二、五〇〇円合計五、〇〇〇円の損害を蒙つていることも認めることができる。

(五)  原告犬飼淑子本人尋問の結果によれば、原告淑子が亡成義の葬儀を執行し、これに相当額の出捐を要したことが認められる。弁論の全趣旨によれば、このうち、被告が負担すべき本件事故と相当因果関係のある出捐は五〇〇、〇〇〇円であると認めることができる。

(六)  右(一)ないし(五)の合計額は五、六一五、九〇六円である。

3  原告哲郎に生じた損害

(一)  相続税金利相当分の損害については、前記三、1、(一)のとおり、主張自体失当である。

(二)  原告哲郎が父成義の死亡により多大な精神的苦痛を蒙つたことは容易に認めることができる。これを慰藉する金額としては三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

4  原告俊子に生じた損害

原告俊子が父成義の死亡により多大な精神的苦痛を蒙つたことは容易に認めることができる。これを慰藉する金額としては三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

5  以上のとおりであるから、前記二の相続分も合せると、原告淑子には二五、〇六九、五〇六円、原告隆、同哲郎、同俊子には各一五、九六九、〇六七円、の各損害が生じている。

四  そこで、被告主張の過失相殺について判断する。

1  成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証の一、二、乙第二号証の一ないし一一、検甲第一号証、原告犬飼隆(第一回)、同犬飼淑子、被告の各本人尋問の結果を総合すると、(イ)本件事故現場の道路は、非市街地の歩車道の区別のある平坦な南北に通ずる直線の見通しのよいアスフアルト舗装道路で、中央分離帯により北行および南行の車線が区分され、その片側の幅員が七・三メートルで、これがさらに二車線に区分されていること、(ロ)本件事故現場は、右道路と東西に通じる幅員五・三メートルの道路との交差点南端に設けられた横断歩道上で、右交差点には、南北道路の車両用信号機および横断歩道の歩行者用信号機がそれぞれ設備されているが、右両信号機は、歩行者用信号機に装置された押ボタンによつて連動するもので、通常は車両用信号機が黄色点滅を、歩行者用信号機が赤色を示し、歩行者が横断するため押ボタンを操作した場合に一定時間歩行者用信号機が青色に、車両用信号機が赤色を示すものであること、(ハ)本件事故発生時は午後六時三五分頃で、既に日没していたが、照明灯もあつてやや明るい箇所であり、加害車両の前照灯を下向にしても、五〇メートル前方の人影を容易に認め得るものであつたこと、(ニ)被告は、加害車両を運転し、時速六、七〇キロメートルの速度で北進し、本件事故現場にさしかかつたが、交差点入口の手前約四八メートルの地点で、車両用信号機が黄色点滅を示している(すなわち、歩行者用信号機は赤色を示している。)のに、横断歩道上を東から西に歩いている二人の歩行者を発見し、右歩行者の動静に注視しつつ進行していたところ、約二九メートルに接近した地点で前記歩行者に数メートル遅れて同じく東から西に横断歩道を歩いてくる亡成義を発見し、あわてて急制動の措置を執つたが、車体が横すべりしはじめ、横断歩道上で亡成義と衝突した後に横転したこと、(ホ)亡成義は、農協が主催した一泊旅行の帰途、バスを下車して自宅に向う途中、右横断歩道を渡ろうとしていたものであるが、飲酒の形跡は特に認められないこと。以上の各事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、亡成義は、歩行者用の押ボタン式信号機の操作をなさず、対面信号が赤色をしているのにも拘わらず横断歩道上を横断しはじめているもので、相当な過失を有することは明らかである。しかしながら、歩行者用の押ボタン式信号機は、設置されている道路の具体的状況により、ただちには通常の信号機における停止信号と同視しえない事情もあることも無視し得ず、本件事故現場においても、車両の交通量が比較的少なく、歩行者が信号機を操作せずに横断をなすこともまま見られることが窺える。被告は、本件道路を毎日のように通行し、右事情も知り得ているのみならず、本件事故に際しても、本件横断歩道の存在については、黄色点滅の対面信号機により注意を喚起されていたうえ、亡成義の前方を信号機操作をしないまま横断中の二名の歩行者を目撃し、具体的状況においても安全運転が要請されていたにもかかわらず、時速六、七〇キロメートルの速度を全く減速せずに進行し、二名の歩行者に気をとられて亡成義の発見がおくれ、さらに約二九メートル手前で亡成義を発見した際、あわてて急制動の措置をとつたため車体を横すべりさせ、その後は運転操作不能のままこれと衝突しているもので、信号機の表示のうえで取締法規上許容される交通規制にも拘らず、被告の安全運転義務違反の過失は重大と言わなければならない。右両者の過失を比較検討すると、本件交通事故によつて生ずる責任の範囲は、亡成義において三割、被告において七割の各負担をなすのが相当である。

3  そうであれば、前示三、5の損害のうち、原告淑子は一七、五四八、六五四円、原告隆、同哲郎、同俊子は各一一、一七八、三四六円の範囲で、被告の責任を問うことができる。

五  さらに弁論の全趣旨によれば、原告らは、自賠責保険金によつて、原告淑子が八、一〇〇、九〇六円、原告隆、同哲郎、同俊子が各四、〇〇〇、〇〇〇円の各損害填補を受けていることが認められる。よつて、原告淑子の残損害額は九、四四七、七四八円、原告隆、同哲郎、同俊子の残損害額は各七、一七八、三四六円になる。そうすると、原告らの弁護士費用の損害は、原告淑子について九四〇、〇〇〇円、原告隆、同哲郎、同俊子について各七一〇、〇〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

六  以上のとおりであるから、被告は、原告隆に対し金七、八八八、三四六円および弁護士費用を除く内金七、一七八、三四六円に対する亡成義死亡の翌日である昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告淑子に対し金一〇、三八七、七四八円および弁護士費用を除く内金九、四四七、七四八円に対する同様に昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金、原告哲郎に対し金七、八八八、三四六円および弁護士費用を除く内金七、一七八、三四六円に対する同様に昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金、原告俊子に対し金七、八八八、三四六円および弁護士費用を除く内金七、一七八、三四六円に対する同様に昭和五三年一〇月一三日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、各支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度においては理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例